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食べ物のはなし

 

食べ物で身体と心を育もう!

 

 

 

《加工品中心の食卓に問題》

食べ物はふつうに考えられている以上に、健康や病気に直接かかわりをもっています。カイロプラクティックの臨床の現場でも、その関連性を痛感することがあります。ひと昔前までは、食事は野菜や魚などの素材をちょくせつ手に入れて調理したものです。そしてどこの家庭にも母親が工夫をした独特の味があって、これがオフクロの味といわれたものです。ところが今は、オフクロの味は小料理屋でしか味わえなくなってしまいました。なぜならば食料品は生産者からまず企業にまわり、それから加工品としてスーパーなどの店頭に並べられるようになったからです。ある調査では、新婚家庭の約3割がまな板、包丁無しで生活しているという報告があります。企業が調理を必要としないほど便利に加工してくれているのです。加工品中心の食卓にはもはやオフクロの個性は存在しえないのです。

 

 

《食品に対する関心を高めて》

世の中の仕組みが変わってきて、共働きとか単身赴任の家庭も多くなり、台所仕事に手がまわらず必然のニーズとしてこういう傾向にあるということはやむをえないことかもしれません。一方、企業では着色料や保存料、また糖分や脂肪分を多く取りいれて加工している事実もあります。最近では糖尿病、高脂血症、消化性潰瘍、高血圧症などの小児成人病が増えています。食とは命を健やかに育むものだという原点を思い出し、もっと食品に対する関心を高めて欲しいものです。

 

 

《脂肪過剰でギックリ腰も》

食生活に関する厚生省の調査でも、私達の食生活が脂質過剰、カルシウム不足の傾向にあることが指摘されています。食事の洋食化、外食傾向、ファーストフード化にくわえて、美味しいものを食べたいというグルメ指向が拍車をかけているせいのようです。日本人はそもそも草食、雑食性の民族です。つまり私達はもともと脂肪分に対する対応能力が人種的に乏しい民族なのです。いもの煮っころがし、キンピラ、ひじき、豆腐、納豆などをみてもわかるように、伝統的な日本食には脂肪分はたいへん少ないものです。

 

 

《脂肪過剰はトラブルのもと》

脂肪分のとりすぎは、胆嚢や膵臓に過大な負担をかけることになります。胆嚢や膵臓は脂肪分の消化のためにいつも胆汁や膵液をださなければなりませんから、ついには疲れ果てて機能低下を起こしてしまうのです。こんな時に冷たい牛乳を飲んだり、肉や天ぷらなどを食べると、消化不良で下痢や胸焼けを起こしたりします。さらには胆嚢や膵臓の機能低下は、内臓体性反射のメカニズムによって筋肉のバランスをくずし、肩こり、頭痛、腰痛、膝の痛みなどを引き起こし、ささいなことでギックリ腰に見舞われることになるのです。

 

 

《食べ物に対する感謝の心》

ほんらい食とは命を継続させる作業です。食べるという作業なくして生きていけないのが人間の宿命で、そこにはうまい・まずい、好き・嫌いという要素は入り込む余地のないものです。いま目の前に食べるものがあるということは、「これでもう一日生きることを許された」ということであり、手を合わせざるをえないことなのです。しかも食に供される食べ物が、私達の味覚にふさわしい形で存在していることを知るとき、文句なしに感謝をせざるをえません。もし、お米や野菜が、あるいは魚や肉が、食として食べるのにとても苦痛を感じるような匂いや味だとしたら、私達の人生はどれほど苦痛に満ちたものになってしまうことでしょうか。生きるためにどうしても必要な食べ物が、なぜ私達の味覚にふさわしい形で存在してくれているのか、考えてみれば本当に不思議なことです。飽食の日本においては普段あまり考えないことですが、このような観点にたつと食べ物に対する感謝の念が自然に湧いてきます。

 

 

《食べ物は心で食べる》

古来より食料の調達はひじょうに困難な作業であったことから、昔の人は食べ物に対して絶大な感謝の心をもっていたように思います。その証拠に食べ物や食にかかわる道具に「お」をつけてよぶことです。お米、お餅、お味噌、お塩、おはし、おさじ、お茶碗…など数えあげればきりがありません。

 

 

《日本人の食の原点》

先人の食べ物に対する心根がひじょうによくわかります。舌先の味覚で脂肪分の美味しさを求めるのではなくて「食べ物は心で食べる」こと、「おいしくいただく」ことが食の原点なのです。

 

 

 

 

うるうカイロプラクティック院

鹿児島県霧島市国分野口町18−22

TEL 099-46-1941

author:潤 昭治(うるう しょうじ), category:食べ物について, 08:11
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